漢字が覚えられる暗号小説です。灰色の数字をクリックし、数列解読しながら、お読みください。

踊る人形(前半}

ストーリー解説(wikipedia)



下は、シャーロック・ホームズ「踊る人形」の前半文です。会話文主体で、論理的に、かな:漢字は読みやすい範囲内の比率で書かれています。29の段落に分けられ、その段落の冒頭には毎日1つ黒色から灰色に変わるカッコ付きの番号が付けられています。その灰色の番号をクリックすると、画面が「小説文解読パズル(Seesaa ブログ)」に切り変わり、いくつかの漢字が数列化された段落が現れます。現れた段落の数列を漢字の読み、綴りに戻していくうちに、それらの記憶が強化される仕組みになっております。単に読書をしただけなら、漢字力がつくとは限りませんが、この方法なら、つくはずです。では、クリックして、解読してみてください。ストーリーは、こちらをお読みください。



(1)ホームズは黙り込んだまま、その細く長い身体を猫背にして、何時間も化学実験室に向かっていた。何かひどくいやな臭いのするものを生成しているのだ――深々とうつむくその様が、私には、ひょろ長い怪鳥(けちょう)に見えた。くすんだ灰色の毛と、黒い鶏冠を持った怪鳥――「だからワトソン――」とホームズが突然口を開く。「君は、南アフリカの証券への投資を思いとどまった。」私は驚きのあまり身を震わせた。このホームズの不思議な力に慣れているとはいえ、どうして私の胸のうちの考えに潜り込めたのか、皆目見当がつかなかった。「いったい、どうしてそのことを?」と、私は聞き返す。ホームズは椅子をくるりと回し、手に試験管を持ったまま、その深くくぼんだ瞳を面白そうに輝かせるのであった。「さあワトソン、ぐうの音も出まい」「まったくだ。」「では、この件について、君に証文を書いてもらわねば。」「なぜかね?」「五分後には、君はきっと『ひどく簡単な話だ』などと言うからだ。」「いやいや、そんなことは言わんよ。」「その、ワトソンくん。」ホームズは試験管を立てかけて、教授が講堂で学生たちに講義でもするていで話し出した。「それぞれ前後をつなげて、ひとつひとつ単純に考えれば、筋道だった推理も、決してそう難しいことではない。たとえば、そのような推理をしておいて、その筋の真ん中を少し向こうへやって、聞き手にその始まりと結論だけを見せようものなら、人をあっと言わせることができるわけだが、まあ、ほんのこけおどしだ。さよう、難しいことではない。君の左の人差し指と親指の間のすり切れた皮膚を考えれば、君が金鉱の株の購入を思いとどまったと確信できる。」



(2)「どういう脈略かね。」「そう思って当然。だが、僕にはその深い脈略を手短に説明できる。そこには、ごく単純な連鎖のあいだの、失われた輪がある。一、君は左の人差し指と親指の間にチョークをつけて、昨晩クラブから帰ってきた。二、君はビリヤードの際、キューがすべらないよう、いつもその部分にチョークをつける。三、君のビリヤードの相手は、サーストンだけ。四、君は四週間前、サーストンから、ある南アフリカの株式について一ヶ月期限のオプションを持っているが、できれば君と共同購入したいと持ちかけられた、と言った。五、君の小切手帳は、僕の錠の下りた引き出しの中だが、君はその鍵を欲しいと言っていない。六、かくして君は、投資を思いとどまった。」「まったく、ひどく簡単な話じゃないか!」と私は叫んだ。「無論ね!」と、ホームズが少し機嫌を悪くする。「どんな問題も、いったん君に解き明かせば、みな子どもだましという。だが、ここにいまだ解かれぬものがある。これをどう思うね、ワトソンくん?」ホームズは一枚の紙を机の上に放り出して、また化学の分析の方に向き直った。私はそれを見て驚いた。紙の上には、でたらめな象形文字のようなものが書かれていたのだ。「おい、ホームズ、子どもの落書きかね!」と私は大声で言った。「ほう、そう考えるかね。」「では何だと言うんだ?」「まさにそれを、ノーフォーク州リドリング・ソープ荘園のヒルトン・キュービット氏が、しきりに知りたがっている。この謎かけが今朝の第一便で来て、本人はその次の列車で来ることになっている。ベルの音だ、ワトソン。その人だとしても、僕は驚かぬよ。」重々しい足取りが階段に聞こえたかと思ううちに、一人の紳士が入ってきた。



(3)背が高く、血色も良い、ひげも綺麗に剃った紳士で、その澄んだ目、健康なほおは、ベイカー街の霧の中からはるか離れたところで暮らす人を思わせた。その紳士が部屋の中に入ってきたとき、どこか、きつくさわやかですがすがしい、東海岸独特の香りが漂ってくるようだった。紳士が我々ふたりと握手を交わし、さて腰掛けようとしたとき、不思議な記号の書かれた紙に目をとめた。私が見たあと、机の上に置きっぱなしにしてあったのだ。「ああホームズさん、これをどうお考えですか?」と紳士は声を振り絞る。「あなたは奇妙奇天烈なことがたいへんお好きだそうですが、きっとこれより奇妙なものはご覧になったことがないでしょう。前もってお送りすれば、あらかじめお考えになられるだろうと思ったのです。」「確かに、いくぶん妙ではあります。」とホームズが言う。「初見では、子どものいたずら描きのようにも見える。でたらめな人形が大勢で、書かれた紙の上を並んで踊っているようでもある。なにゆえ、かくも異形なオブジェを、重くお考えになるのですか?」「それは私じゃないんです、ホームズさん。その、私の妻が。これを見て、妻が卒倒しまして。あれは何も言いませんが、目がおびえているのです。ですから、私は、これを最後まで調べたいと思ったのです。」 ホームズは紙切れを取り上げて、日の光に透かしてみせた。それはメモ帳から破り取ったもので、鉛筆で絵が描かれていた。ホームズはしばらくのあいだ、それを調べていたが、やがて丁寧に折りたたみ、自分の手帳のあいだに挟んだ。「これは実に興味深い、まれな事件となりましょう。」ホームズが言った。「ヒルトン・キュービットさん、お手紙のうちで、二三、具体的なことを書いておいででしたが、この友人、ワトソン博士のためにもう一度お話いただけると幸いです。」



(4)「どうも私は話し下手でして、」その依頼人は緊張のため、その硬く大きな手をもじもじさせながら話を始めた。「わかりにくいところは、その都度お訊ねください。昨年、私が結婚したところから始めましょう――いえ、まずその前にお耳に入れておきたいのですが、私の家は、決して裕福ではありませんが、ここ約五世紀の間は今のリドリング・ソープに住んでいて、ノーフォークのあたりでは第一の旧家だということです。昨年の記念祭の折、私はロンドンへ来て、ラッセル・スクエアの宿泊所に滞在しました。それは私の教区で牧師をやっているパーカーさんが滞在していた関係からです。そうするとそこに、アメリカの若いご婦人がいて――パトリックという名前で――エルシィ・パトリックです。いろいろあって私どもは知り合い、帰らねばならぬころには、もう、これでもかというくらいに、恋に落ちておりました。それで私どもは早速、結婚の手続きをすませ、夫婦としてノーフォークに帰りました。おかしいと思われるでしょう、ホームズさん。こんな旧家の人間が、こんなふうにして、相手の過去も家族も知らないままに結婚してしまうなんて……しかし、妻をご覧になり、人となりを知ってくだされば、ご理解いただけるかと思います。とにかくあれは真面目です、エルシィは。私が訊ねさえすれば、包み隠さず言ってくれたと思っています。『わたくしには、とても厭な思い出がございます。』と妻は言うのです。『どうにかして忘れたいと思っております。過去のことは、できれば口にしたくもありません。とても、つらいことですから。ヒルトンさん、あなたが私を求めてくださるなら、あなたはひとりの女を、人として恥ずべきことなど何ひとつない女を得ることになりましょう。その代わり、あなたは、わたくしの言葉を信じて、妻になるより前のことは口を閉ざしても構わない、



(5)
そうおっしゃってくださらねばなりません。もしそれでこのお約束が無理だとおっしゃるなら、どうぞわたくしをこのまま残してノーフォークへお帰りください。』これは私どもの結婚の前日、妻が私に言った言葉です。それで私は妻の言葉をそのまま受け入れて、その後もこの約束をかたく守ってきました。そしてその後私どもはこの一年のあいだ、結婚生活を続けて参りましたが、私どもは実に幸福でした。しかし一ヶ月ほど前、六月の末に、私ははじめてわざわいの兆しを見たのです。その頃、妻はアメリカからの手紙を受け取りました。アメリカの消印があったんです。そのとき、妻の顔は気絶しそうなほどに真っ青で、手紙を読むと、それをそのまま火の中に投げ込んでしまいました。その後、妻は別段そのことについて何も言いませんでしたし、私もまた約束に従って、そのことについては一言も触れませんでした。しかし妻は、それ以来ずっと、何か不安げで――何ごとかにびくびくしているようでした。どうか頼ってくれ。ここに最高の伴侶がいるじゃないか……でも、妻が言い出さなくては、こちらから切り出せない。わかってください、妻は誠実な女性なのです、ホームズさん、もし過去に何かいざこざがあるとしても、妻の落ち度ではないはずです。私はノーフォークの田舎者にすぎませんが、それでも英国随一の旧家だと、妻も存じておりますし、結婚前から認めておりました。まさかその妻が、私の家名を汚すなどありえません。それは絶対です。さていよいよ話が奇怪な部分に進むのですが、一週間ほど前――そうです、先週の火曜日です――私はガラス窓の上に、この紙にあるようなでたらめな、小さな踊る人形が描かれているのを発見しました。それはチョークで殴り描きされていて、私は馬番の少年がやったのだと思ったのですが、その坊主は、全く知らないと言い張るのです。



(6)
とにかく夜に描かれたものでした。私は洗い落としてから、このことを妻に話しました。ところが驚いたことに、妻はそんなものをまじめに取り合って、もしまた描かれたらぜひ見たいと言うのです。それから一週間は描かれなかったのですが、ちょうど昨日の朝、また私は、庭の日時計の上に、この紙切れが置かれているのを見つけました。私がそれをエルシィに見せますと、卒倒して倒れてしまったのです。それ以来、妻はぼうっとしてしまって、いつも何かにおびえた目をするのです。それから私はホームズさんに手紙を書いて、この紙切れをお送りした次第です。こんなもの、まさか警察に訴えても笑いものにされて取り合ってくれないでしょうし、あなたでしたらどうすべきか教えてくださると思ったのです。私は決して裕福ではありませんが、何かが妻をおびえさせているのだとしたら、全財産をかけても妻も守ってやりたいと思うのです。」善良な男だ――古き良きイギリス人――素朴で実直、そして温和、目は大きく熱意のこもった青色、顔は大きく端正。ホームズは集中してこの話を聞いていたが、そのあと、しばし黙って思案に沈んでいた。「ですが、キュービットさん。」ようやく口を開く。「最善の策は、直接奥さまにお訊ねになり、秘密を打ち明けてもらうことではないでしょうか。」ヒルトン・キュービットはその大きな頭を振った。「約束は約束です、ホームズさん。もしエルシィが話していいと思うくらいなら、向こうから話してくれます。また話したくないことなら、強要したくありません。それでも、私には私でできることがあるはず――なのです。」「ならば全力でご相談にあずかります。ではまず、近所に不審な人物を見たという話は?」「ありません。」「たいへん閑静なところかと存じますが、新顔などが現れたという噂は?」



(7)
「ごく近所で、ありました。しかし近場に海水浴場がありますので、よく地主どもが人を泊めるのです。」「この絵文字は、確かに何か意味がある。もしまったくのでたらめとすればお手上げですが、ここに規則があるなら、必ず暴くことができます。ですがこれだけではなにぶん短くて、いかんともしがたく、またお聞かせいただいた事柄も、まだ漠として何とも調べようがありません。おすすめしたいのは、一度ノーフォークにお帰りになって、注意深く監視をし、再度この踊る人形が現れた際には、それを正確に写し取ることです。先の窓ガラスに描かれたものの写しを見ることかなわないとは、残念至極です。辺りに不審者がないかどうかも、じゅうぶん注意願います。新たな証拠が手に入りましたら、またおいでください。これがあなたに対しての、僕の最善の答えです。それではヒルトン・キュービットさん、もし新展開でもありましたら、そのときはいつでも出立して、ノーフォークのお宅でお目にかかりましょう。」この会見ののち、シャーロック・ホームズは深く考え込んでしまった。そして二三日の間、手帳から例の記号の描かれた紙切れを取り出しては、じっと熱心に見つめるのであった。二週間ばかりのあいだ、ホームズはそのことをおくびにも出さなかったが、ある日の午後、私が外出しようとするところを呼び止めたのであった。「ここにいた方が賢明だ、ワトソン。」「どうしてかね?」「今朝、ヒルトン・キュービットから電報が来た。ほら、あのキュービットだ、踊る人形の。彼は一時二十分にリバプール街に着くはずで、まもなくここに来る。電報から察するに、何か大事が起きたらしい。」やがて二輪馬車が全速力で、駅から依頼人のノーフォークの紳士を乗せてやってきた。憔悴した様子で、目は疲れ、額には皺を寄せている。



(8)「息が詰まりそうな事態で、ホームズさん。」依頼人は半病人よろしく、肘掛椅子にもたれかかった。「落ち着きません。得体の知れない人物がどこか近くに潜んでいて、何かをたくらみ、さらに妻がじわじわと殺されていくと考えるだけで、もう、身体がもちません。そんな状況下で、妻は弱りつつあるのです。まさに私の目の前で。」「奥さまはまだ何も?」「ええ、ホームズさん、言いません。何か言いたげにはするんですが、やはり決心がつかないのか。助けようともしたんです。でも私が不器用なもんですから、余計こわがらせるだけで。妻が、私の家系のこと、地域における名声、また汚れなき名誉などに言い及ぶこともあって、いよいよ本題に入るのだと思ううちに、話がよそに逸れてしまって。」「何かご自身でお気づきになったことは?」「たくさんあります、ホームズさん。何枚か新しい踊る人形を、ぜひご覧ください。それに、人影を見たんです。」「それは、この記号を描いた張本人ですか?」「ええ。その現場を見たのです。とにかく、一から順番に話しますね。私がこの前お訪ねして帰って、その翌朝にまた新しい踊る人形の一群を見たのです。それは、物置の黒い扉の上にチョークで描かれていました。そこから芝生を挟んだ向かいの窓から、まっすぐ見えるのです。正確に写し取りました、これです。」依頼人は一枚の紙を卓上に広げた。これがその絵の写しである。「素晴らしい!」とホームズは言った。「素晴らしい! どうぞ次を。」「写し取ったあと、その絵を消してしまったのですが、その次の次の朝、また別のものが描かれてありました。この写しになります。」ホームズは手をこすり合わせ、ほくそ笑んだ。「データが次々と集まっています。」「それから三日経って、紙の上になぐり描かれた一枚の伝言が、日時計の上にある小石に立てかけてありました。これです。ご覧の通り、



(9)さきほどのとまったく同じです。それでこのあと、私はひとつ待ち伏せてやろうと思い立ちまして、リヴォルヴァを用意して書斎から芝生や庭を見張りました。午前二時頃、私は窓際に腰掛けていて、外は月明かり以外まったく光がありません。そのとき、ふと背後に人の気配を感じました。化粧着を着た妻がおりまして、私に寝室に帰るよう言うのですが、私は素直に、このふざけたいたずらの張本人を突き止めるつもりだと告げました。そうすると妻は、きっとつまらないいたずらなのだから、深く気にとめないでと言うのです。『どうしてもお気になさるのでしたら、ヒルトン、いっそ旅に出ましょう――ふたりで。そうすれば、わずらわしいことからも逃れられますから。』私は言いました。『なに、ほんのいたずらのために自分の家から逃げたとあっては、まったく世間の笑いものではないか。』『とにかく寝室に戻りましょう。』と妻が言います。『色々考えるのは、朝でもよろしいでしょう?』そのとき、妻の顔にさっと月の光が差して、いっそう青白く見えました。妻の手が私の肩をぐっとつかんだとき、物置小屋の陰で、何か動いているのに目がとまりました。何かさっと動く黒い影が、角のあたりをはい回って、戸口の前にうずくまったのです。私はやにわに拳銃を持って飛び出そうとすると、妻は両腕でしっかりと私を抱きとめて、ふるえるような力で押さえるのです。私は妻を振り放そうとしましたが、妻も必死で、やっと振り払って物置へ行ったときには、もう姿がありませんでした。しかし、確かに何かのいた形跡があって、扉の上には、例の踊る人形があったのです。前二回と同じ絵で、さきほどの紙に写した通りです。それから周囲をくまなく探しましたが、何の痕跡もありません。しかしまだ驚くことがありまして、そやつはその後も現れたらしく、




(10)翌朝になって、私が例の扉を見ると、昨夜見たものの下にさらにいくつか描かれていたのです。」「今までのものと別のものですか?」「ええ、とても短いものですが写してきました、これです。」依頼人はまた一枚の紙を取り出した。「教えてください、」とホームズが言う――目を見れば、その興奮が見て取れる――「最初のものにただ付け足されていたのか、それとも別のものとして描かれたように見えましたか?」「前のとは、別の板に描かれていました。」「素晴らしい! これは何より大切な証拠となりましょう。欲しいものは揃いました。さて、ヒルトン・キュービットさん、その興味深い話をお続けください。」「もうこの先はないのですが、ホームズさん、ただ、私はその日の晩に妻を叱りまして、私が曲者をつかまえようと出て行くのを引き留めたんですからね。そうすると妻は、私が怪我をしてはいけないからと言い訳するのです。その瞬間、心によぎったんです。妻が案じているのは私でなく、向こうの怪我なのではないかと。つまり、妻は相手が何者かを知っていて、その変な暗号もわかっている。しかし、妻の声の調子なんですよ、ホームズさん、目の色も、どうも嘘をついているとは思えないんです。それで私は、やはり本当に妻が心配したのは、私の身であったのだと考えます。これでもう話は終わりましたが、さてどうすればいいのか、ご助言いただきたいです――私の考えとしては、小姓どもを五、六人茂みに潜ませて、出てきた曲者をしたたか打ちのめせば、以後私どもに近寄ることもないかと存じますが。」「そんな単純な手で収まりはつきますまい。」とホームズは言う。「ロンドンにはどの程度ご滞在で?」「今日中には帰宅を。妻を一晩中ひとりにしておくなんて、とんでもない。おびえきって、必ず帰ってきてくれと申すのです。」



(11)「それが正しいかと。ご逗留なら、一両日中にはご同行しようかと思いましたが――では、この紙はあずからせてください。近いうちにお訪ねして、この事件に多少の光明を投げかけることができるかと思います。」シャーロック・ホームズは、この依頼人が立ち去るまでその職業的な冷静を保っていたが、ホームズを熟知する私には、ホームズの内なる興奮が見て取るようにわかる。ヒルトン・キュービットの広い背中が扉の向こうに消えると、すぐさまホームズは机に走り寄り、例の踊る人形の紙を自分の前に並べて、込み入った計算にじっと取り組むのであった。時間ばかり、何枚も数字と文字を書くホームズの姿を、私はながめていた。その仕事に没頭するあまり、私の存在などどこへやらという風であった。時には順調で口笛を吹いたり口ずさんだり、また時には難渋してじっと座り込み、眉をひそめ目をうつろにさせることもあった。やがて最後には椅子から飛び上がり喜びの声を上げ、手をこすり合わせながら部屋中を歩き回る。それからホームズは海外宛の長い電報を書く。「これの返事が思った通りなら、君はまたひとつ愛くるしい事件を君の記録に加えられるよ、ワトソン。」と言う。「明日にはふたりでノーフォークへ行き、あの依頼人が思い悩む謎に対して、はっきりしたことが告げられるものと思う。」正直、私は心躍る思いだった。しかしわかっている、ホームズはいつも自分の頃合と流儀で種明かしをしたい人間なのだ。だから、解き明かすのにちょうどいい時がくるまで待つことにした。だが返信はなかなか来なかった。もどかしくも二日が過ぎ、ホームズは呼び鈴にずっと耳を傾けていた。二日目の夕べに、ヒルトン・キュービットから手紙が一通届いた。それによれば、その後の身辺は静穏だが、その日の朝、また日時計の上に長い書き込みがあったからと、その写しが同封されていた。



(12)ホームズは数分のあいだ、この奇怪な帯状の絵に見入っていたが、突然声を上げて立ち上がった。驚きとおののきが入り交じり、顔が憔悴している。「様子を見すぎたか。」とホームズは言った。「今夜の北ウォールシャム行きの汽車は?」私は時刻表を繰ってみた。最終電車が出たばかりだ。「では朝食を早めにとって、朝一の汽車に乗らねば。」とホームズが言う。「可及的速やかな行動だ。来た! 待望の外電だ。ちょっと待って、ハドソンさん、返事が必要――いや、思った通りだ。この知らせが来た以上、一刻の猶予もならぬ。ヒルトン・キュービットに事の次第を知らせねば。これこそ、あのノーフォークの地主にからみついている、怪しく危険な蜘蛛の糸なのだ。」まさにその言葉の通りだった。単なる子どもだましに思えたお話の、あの暗澹たる結末に筆が及んだら、私はあのとき感じた戦慄をもう一度味わうことになろう。読者諸君にはどうにかしていい話を聞かせたいと思うのだが、以下が事実の記録であり、このリドリング・ソープ荘園という名が、たった数日でイングランドのありとあらゆる家庭で口の端にのぼることになった物語を、私は続けねばならない。我々が北ウォールシャムで下車し、行き先を言うやいなや、駅長が我々の前に走ってきた。「ロンドンからおいでの警察の方々ですね?」ホームズの顔に、当惑の色がさす。「いったいなにゆえそうお思いに?」「実はさきほど、マーティン警部がノリッジからお越しになったものですから。ですがお医者さまでいらっしゃるかもしれませんね。奥さんはまだ生きてます――さっきうかがったところでは。まだ間に合います――まあ、いずれ首を括られるでしょうが……」ホームズの顔が不安にか「実はリドリング・ソープ荘園に向かう途中で、何が起こったのかまだ知らないのです。」「恐ろしい事件ですよ。」と駅長が言う。



(13)「ヒルトン・キュービット氏とその奥さんが撃たれたのです。奥さんが旦那さんを撃って、それから自分も撃ったというのが、召使いの話です。旦那さんの方は息がなく、奥さんももうだめでしょう。どうもまったく、ノーフォークの旧家、名門の末裔だというのに……」ホームズは一語も発せず馬車へ駆け込み、それから七マイル以上の道中、決して口を開かなかった。私は、ホームズがこれほど落胆しているのを、そう見たことがない。町から車に揺られているあいだずっと落ち着かない様子で、朝刊にただじっと不安な視線を落とすホームズを、私は横からながめていた。そして予想した中でも最悪の結果に至っていることがわかった瞬間には、茫然自失のていであった。座席にもたれかかり、ホームズは先の見えない物思いに沈む。もちろん馬車の両側には、興味深い眺望が広がってはいる。つまり、我々が今走っているのは、イングランドでも有数の田園地帯である。まばらな人家がその現在の人口を思わせ、一方で、どちらを向いても、尖塔を持つ教会が、緑広がる風景のなかにいくつもそびえ立っている。旧東アングリア王国の栄枯盛衰を物語るながめだ。やがて北海の紫がかった水面が、ノーフォークの緑の海岸線の向こうに見えてくる。すると御者は、むちで樹木から突き出ている煉瓦と木でできた二つの破風をさして、「あれがリドリング・ソープ荘園です」と言った。ポルチコ型の玄関先へ乗り付けると、私はその屋敷を正面から見やった。わきにはテニスのできる芝地と黒い物置小屋、台座付きの日時計があり、今回の不思議な事件を思い起こさせた。隣では、口ひげをととのえた、身のこなしの軽いひとりの小柄な男が、ちょうど二輪馬車を降りたところであった。その男は、ノーフォーク警察のマーティン警部であると自己紹介したが、我が友の名を聞いたときはかなり驚いた様子だった。



(14)「これはホームズ先生、犯罪は今朝三時に行われたばかりなのですが、ロンドンから聞きつけて私と同時に現場に着くなんて、いったいどうやって?」「先を読んだのです。防げればと思いやってきました。」「では大事な証拠をすでにお持ちで。わからんのですよ、ふたりはたいへんむつまじい夫婦だという評判なので。」「証拠と言っても、踊る人形があるのみです。」とホームズは答え、「いずれご説明に及びましょう。何にせよ、この悲劇には手遅れですが、正義が行われるためにも、今持っている知識を活用したいと思います。警部のお気持ちは、捜査は共同、別々、どちらがよろしいです?」「一緒にやらせていただけるなんて、とても光栄です、ホームズ先生。」警部は熱意を込めて言った。「ぐずぐずせず、早速聞き取りと邸内の捜査を始めましょう。」マーティン警部は物わかりもよく、我が友人を自由にやらせてくれ、ただその結果を見守るだけで満足のようだった。地元の医者である白髪の老人が、ちょうどヒルトン・キュービット夫人の部屋から降りてきた。その話によれば、傷は深いが命に別状はないとのこと。弾が額を割っており、意識を取り戻すにはしばらく時間がかかるそうだ。誰かに撃たれたのか、彼女が自分で撃ったのか、医者ははっきりとした所見を述べなかった。しかし至近距離から発砲されたことは確かだった。室内には拳銃が一丁だけあり、弾倉がふたつ空になっていた。ヒルトン・キュービット氏は心臓を打ち抜かれていた。判断しがたいのは、旦那が妻を撃ってから自殺したのか、それとも妻が犯人なのか、ということだ。なぜなら、リヴォルヴァはふたりのあいだの床に落ちていたからである。「遺体はそのまま?」とホームズは医者に訊ねた。「はい、奥さんのほかは何も。けが人を床の上に放ってはおけませんからの。」「先生はいつ頃おいでです?」「四時ですな。」「誰かと一緒に?」


(15)「ええ、そこのお巡りと。」「で、何も触れていない。」「そうですとも。」「賢明な処置です。誰に呼ばれました?」「女中のソーンダズです。」「その女が第一発見者ですか?」「その女と、炊事をやっとるキングのおかみです。」「ふたりは今どこに?」「台所じゃないかの。」「では、早速ふたりの話をうかがわねば。」樫の板壁と高い窓のある古い広間が、聴取の場所にあてられた。古風な大型の椅子にホームズは腰掛け、そのやつれた顔に鋭い眼光を光らせる。私はその目に、ついに救えなかった依頼人に報いるまでは、命をかけても捜査にのぞむという決意の色を読み取った。そこへ、身だしなみのよいマーティン警部、白髪の老医師、私、ぼんやりした村の巡査が、妙な同席人として加わるのだった。 そのふたりの女はわかりやすく話してくれた。ふたりは何かバーンという音に目を覚ましたが、一分ほどしてさらにもう一発が聞こえた。ふたりは隣り合わせの部屋で寝ており、キングのおかみがソーンダズの部屋へかけこんだ。そしてふたりが一緒に階段を下りると、書斎の扉が開いていて、ローソクが一本、卓上にともっていた。そしてふたりの雇い主が、うつぶせになって部屋の真ん中に倒れていた。息はなかった。窓のそばにその妻がうずくまっており、壁に頭をもたせかけていた。重傷で顔じゅう血で真っ赤だった。ぜいぜい息をするだけで、何も言えない状態だった。室内はもちろん、廊下にも煙が充満し、火薬の臭いがした。部屋の窓は確かに閉められて、内側から鍵もかかっていた。ふたりの女は、この点に関して自信をもって保証した。ふたりはすぐに医者と駐在所に人をやって、それから馬番と手伝いの少年の手を借りて、負傷した女主人を自室へ移した。彼女とその夫は、いったんは床についている。女の方は普段着だが――男の方は寝間着の上に、化粧着を重ねていた。書斎の中は一切動かされた形跡がなかった。
プロフィール

米澤章夫

Author:米澤章夫

小説文解読パズル」考案者

沢山の方々のご訪問ありがとうございます。
このブログの本文は、小説文解読パズル(Seesaaブログ)
の出題元となっています。段落内の漢字が出題されますので、よくお読みください。

ところで、どんなトレーニング、学習にせよ「面白い」と感じている時は集中力は増します。集中力が増せば効果も増します。本ブログはこの理屈に基づいた漢字暗記法を公開しております。ブログには小説文中の任意の漢字または漢字と送り仮名の音が数字化されており、小説文を読みながら、それらの数列を数字に分割し、分割した数字を漢字の「読み」「綴り」に戻していくうちに、それらの記憶を強化できるというものです。分割するたびに、いろんな漢字が脳裏によみがえり、答え合わせをすることで「綴り」を確認することができます。前後の句と比較することで、その「使い方」を確認することもできます。以上のことから、「記憶の呼び戻しは、数列解読過程にある」と言っても過言ではありません。あなたも「数列にどんな言葉が隠されているのか」推理してみませんか。そして、漢字の記憶を呼び戻してみませんか。

鳥取市在住。ブロとも大歓迎です。

バズル作り、ゲーム作りが第一の趣味

本文の下に「拍手」「いいね」のボタンがあります。それらを押していただくと、大変嬉しいです。

facebook

コメントもしていただくととっても嬉しいです!


「パズルで脳トレ講座」オンライン講師
講座のパズルは、私が考えたもので、お絵かきロジック、スケルトン、ナンプレ、面分割パズル、ペントミノ、迷路パズル、経路パズル、ループ、推理パズル、虫食い算、最適化パズルなど、既存のパズルの周辺を考えたものから、まったく新しい発想、形式のものまで41種類もあります。本講座は「飽きずに楽しく遊べる場を提供し、論理的思考力向上のお手伝いをさせていただく」というコンセプトで作られています。ぜひ、皆様にもおす
すめしたいと思います。お試しパズルを用意
していますので、まずは、そちらをお試しください(無料)。
ネット講座ナレッジサーブ広告


最新トラックバック

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

検索フォーム

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

QRコード

QR