漢字が覚えられる暗号小説です。灰色の数字をクリックし、数列解読しながら、お読みください。

土色の顔画(前半}

ストーリー解説(wikipedia)



下は、シャーロック・ホームズ「土色の顔」の前半文です。会話文主体で、論理的に、かな:漢字は読みやすい範囲内の比率で書かれています。23の段落に分けられ、その段落の冒頭には毎回灰色に変わるカッコ付きの番号が付けられています。その灰色の番号をクリックすると、画面が「小説文解読パズル(Seesaa ブログ)」に切り変わり、いくつかの漢字が数列化された段落が現れます。現れた段落の数列を漢字の読み、綴りに戻していくうちに、それらの記憶が強化される仕組みになっております。単に読書をしただけなら、漢字力がつくとは限りませんが、この方法なら、つくはずです。では、クリックして、解読してみてください。ストーリーは、こちらをお読みください。



(1)公表せんとして、このような短編を膨大な事件の山から選んで書く際の話だ。そういった事件では、我が友人の類稀なる才能のために、私は否応なく不思議な舞台の観客となり、時によってはその登場人物となってしまう。そのせいで書く際には我知らず失敗談よりも成功談が多くなる。だが何も彼の名声のためではない――正直なところ、思案に余るような場合こそ、彼の力とその器の大きさに賞賛を送りたくなるのだが――まともな理由としてはやはり、彼が失敗するときは誰であろうとうまくいかず、話は永遠に結末へ至らぬままというのが大半であるからだ。しかしながら、時として、推理は間違っているのに、それでも真相が明らかになるということがたまにある。この種の事件は六つほど書き留めてあるが、『第二の血痕』とこれからお話しする物語のふたつが、もっとも興味深い一面を見せてくれる シャーロック・ホームズという男は、運動のための運動は滅多にしなかった。だが、はげしい肉体労働に彼ほど耐えうる人間はほとんどなく、また確かに同じ重量級では、私の見たうちでも拳闘家(ボクサー)として一流の部類に入るだろう。目的もなく体を動かすのは力の浪費であるとし、発揮するのは職業上役に立つという狙いがあるとき以外ほとんどない。それでいて疲れをまったく知らない。本来なら普段の鍛練を積まねばならぬはずなのだが、日々の食事もきわめて質素で、生活ぶりも厳格に過ぎるほど慎ましい。時折コカインを飲む以外の悪癖はなく、その薬物とて、事件が冴えなかったり、新聞に惹かれるものがなかったりして、日々に変化がないときに頼るに過ぎない。早春のある日、ホームズはのんびりとした気持ちで散歩に出、私も同行してリージェント・パークをぶらついた。 



(2)楡(にれ)の木から緑の若芽が吹き出しかけ、栗の木のぬめりとする枝先からはちょうど五つに重なる葉をつけ始めたところだった。二時間近く一緒に歩き回ったが、ろくに会話もしなかった。お互い勝手を知り合った仲だから、この方がちょうどいい。五時になろうという頃、我々は再びベイカー街へ戻ってきた。「すいません。」と戸を開けたとき小間使いの少年が言う。「お留守のあいだに男のお客さまがありました。」 ホームズはしまったというふうに私に目をやる。「これだから午後の散歩は。」とこぼし、「もうその人は帰ったのか?」「はい。」「中でお待ちするようにとは?」「いえ、中へお通ししたんです。」「どのくらい待っていた?」「三十分ほどです。とてもせっかちな方で、ここにいらっしゃるあいだ始終、歩き回ったり足踏みしておられて。僕は部屋の外でお待ちしていたのですが、それでもわかるくらいで。ですがとうとう廊下にお出になって、『もう、帰ってこないじゃないか』と、そうその方はおっしゃいました。『もうほんの少しだけお待ちいただけますか』と申し上げますと、その方は『じゃあ外で待ちます。ここじゃ息が詰まりそうで。じきに戻ります。』とおっしゃっていきなりお出になり、いろいろ申し上げたのですが、お引き留めできませんでした。」「いやいや、それで十分。」とホームズは言って、我々は部屋の中へ入った。「実に待ち遠しいね、まったく。ワトソン、僕は事件が欲しくてたまらなかった。どうも、その男が気を揉んでいたことからも、大事のようだ。おや! あの机にあるパイプ、君のではない。男の忘れ物か。よく使い込んだブライアで、軸が少し長い。愛煙家のあいだで琥珀と呼んでいるものだ。本物の琥珀の吸い口など、そういくつもロンドンにあるものかね。中に蠅がいるのがその証だと思っている輩もいる。



(3)ふん、いっぱしの商売人ともなれば、琥珀のまがい物に偽物の蠅を入れることくらいする。さておき、その男はよほど気が動転していたに相違ない。大切なはずのパイプを置き忘れるほどだ。」「どうすれば、大切なパイプという結論が出るんだね?」と私は訊いた。「何、僕の見積もりでは、そのパイプの元の値段は七から六ペンス。ところがほら、二度直しが入っている。一度は木の軸を、一度は琥珀のところを。いずれの直しもご覧の通り銀が巻いてある。パイプの値はもとより遥かに高くなっているはず。人というものは、自分から手当をしてやったパイプの方が、同じ額で買った同じものよりもずっと大切にする。」「次の推理は?」と私は先を促す。ホームズがそのパイプを手でいじくりながら、彼独特の思いに沈んだ目つきでじっと見ていたからだ。ホームズはパイプをつまみ上げ、細長い食指でその上を軽く叩く。ちょうど何かの骨について講義している大学教授がよくやるように。「パイプというのものは、時として意外なほど人の興味を惹く。」と言う。「これほどひとりひとりの個性が表れるものはない。まあ、懐中時計と靴ひもを抜いての話だが、今回はそれほど目立ったことも大事なことも教えてくれそうにない。この持ち主について確かなのは、体格の立派な男で左利き、歯は丈夫だが手癖が悪く、あとあえて節約生活を送る必要はないということだ。」我が友人の今の言葉は、声こそさりげなかったが、その目は私に向けられ、推理についてくるかどうか窺っているのがわかった。「男が裕福というのは、七シリングのパイプで吸うからかね?」と私。「銘柄はグロウヴナ・ミクスチュア、一オンス八ペンス。」とホームズは答え、小突いて手のひらに少量出してみせる。


(4)「その半値でも葉としては贅沢だから、あえて倹約する必要がない。」「なら他の点については?」「この男、パイプの火をランプやガス灯でつける癖がある。ほら、片側がすっかり焦げているだろう? もちろんマッチではこうはならない。マッチの火をパイプの縁にあてておく男などどこにいる。だがランプで火をつけるとあれば、どうやっても火皿を焦がしてしまう。しかも焦げているのはみな右側。そこでこの男が左利きだと推察した。君もパイプをランプへ持っていけば、ほら右利きなら自然と左側が火に当たるだろう? 反対の手でもできなくはないが、ぎくしゃくする。これを始終やっていた。それから琥珀のところを噛みつぶしている。それをするには、筋肉も力もあって、歯も丈夫でなくてはならぬ。さて、間違いでなければ、その人物が階段を上っている。ならばこのパイプよりも面白い何かが研究できよう。」 ほどなくして、部屋の入口が開き、背の高い若者が入ってきた。男は灰色のダーク・スーツを無難に着こなし、手には鳶色の中折帽を持っていた。私は三十くらいと見当をつけたが、実際はもういくつか上だったらしい。「すいません。」と男はまごつきつつも言う。「戸を叩いた方がいいとわかっていたんですが、ええ、わかってます叩かなきゃいけないんです。その、ちょっと気が動転してて、だから、今のことはそう考えてください。」男は眩暈がするというふうに手を額にかざし、座るというより倒れるといった調子で椅子に身を預けた。「見たところ、二晩ほどお休みになってませんね。」ホームズがいつものようにうち解けた調子で語りかける。「神経にこたえるでしょう。仕事、ましてや遊びなんかよりも。僕にできることがあれば、何なりと。」



(5)「相談に乗ってください、もうどうしてよいやら、僕の人生がめちゃくちゃになりそうなんです。」「僕を諮問探偵としてお雇いに?」「それ以上に、考えを伺いたいんです、賢いあなたに――道理を知るあなたに。これからどうすればいいのか知りたいんです。あなたなら絶対に出来ると思うんです。」 男は一気に言葉をまくし立てた。本人にとってはしゃべることすらつらく、もう気持ちだけで何とか持ちこたえているというふうに私には思えた。「微妙な問題なんです。」と男は言う。「誰だって、家庭の問題を他人に話すだけでも嫌なのに、初対面のお二人と、妻の振る舞いについて話し合うなんて、とんでもない。そんな羽目になるなんて、ひどい話です。でももう行き詰まってしまったんです。助けが必要なんです。」「そうですね、グラント・マンロウさん――」 とホームズが話し出すと、依頼人は椅子から飛び上がり、「えっ!」と大声を上げる。「僕の名前をご存じで?」「お名前を伏せておきたいのなら、帽子の裏地に名前を書くのはおやめになるようおすすめします。もしくは、自分の話している相手には、帽子の山の方を見せることです。まったくの話、この友人と私は、数多くの変わった秘密をこの部屋で伺ってきました。そして幸いにも、大勢の人々の悩みを晴らしてまいりました。あなたにも同じようにして差し上げることができるかと存じます。そこでお願いです。貴重なお時間ですから、一刻も早く、事の次第をお話しいただけませんか。」 依頼人は再び額に手をやった。相当気の重いことなのだろう。その身振りと表情のあちこちから、内気で人見知りする男だということがわかる。そして気持ちのどこかに恥ずかしさがあって、自分の傷をできれば見せずにおきたいようだ。



(6)そのときふと、男はぎゅっと両手を組み合わせる。恥も外聞もないと決意の体で語り出した。「こういう次第なんです、ホームズさん。僕は結婚してまして、もう三年になります。そのあいだ、妻と僕はお互いに深く愛し合い、幸せに暮らしていました。よくある新婚夫婦です。二人は似たもの同士で、そっくりです。考えも、言葉も、振る舞いも。ところが先日の月曜以来、突然、ふたりのあいだに壁ができたんです。僕は気づいたんです、妻の人生には、彼女の心には何かある。僕はちっとも知らなかったんです。町ですれ違う女の人のように。ふたりが離れてしまった、そのわけが知りたい。 そうです、先を続ける前にこれだけは念を押しておきたいのですが、ホームズさん、エフィは僕を愛してます。それについては絶対の自信があります。彼女は全身全霊をかけて僕を愛してくれています、まさに、今もっとも。わかります。感じます。議論の余地はありません。男というのは、女が愛しているときはそれだけですぐわかるのです。しかしふたりのあいだに秘密があります。これが晴れるまで、元と同じというわけにはいきません。」「早く次第を聞かせてください、マンロウさん。」とホームズはもどかしそうに言う。「でしたらエフィの過去について知ってることをお話しします。はじめて逢ったとき彼女は未亡人でした。それにしてはずいぶん若くて――二五でした。当時はまだヒーブロンという姓で、若い自分にアメリカに渡ってアトランタという町に住み、そこでヒーブロンという売れっ子弁護士と結婚しました。子どももひとり設けましたが、運悪く土地で黄熱おうねつが突発して、旦那も子どももそれで亡くなりました。旦那の死亡証明書も見たことがあります。それで彼女はアメリカにいるのがつらくなって、ミドルセックス州ピナにいる独り身の叔母のところへ帰ってきたんです。



(7)ついでですが、旦那は不自由しないだけのものを残していって、元本が約四五〇〇ポンドの株式を持っていて、旦那がずいぶん投資したらしく、平均で七分ぶの配当があります。ピナに来て六ヶ月経ったばかりの頃、僕は彼女と出逢いました。ふたりは互いに恋に落ち、数週ののち結婚を致しました。 僕自身はホップの商いをやってますが、七~八〇〇ポンドの収入があるので、自分たちだけでも不自由なく、ノーベリに年八〇ポンドのこじゃれた屋敷を持ってます。小さなところですが割合田舎らしく、それでいて町にも近いんです。すぐ近くには宿が一軒、人家が二軒、あと小屋がひとつ正面の草地の向こうにあるだけで、そのほかは駅に行くまでのあいだ一軒もありません。仕事で決まった時季に町へ行きますが、夏のあいだはそれもなく、そんなふうにふたりは田舎の一軒家で、妻と僕は思う存分、幸せに暮らしていたんです。そうです、この呪わしい事件が始まるまで、ふたりには何の影も差したことはなかったんです。 先を続ける前にこれだけは申し上げねばならないのですが、ふたりが結婚したとき、妻は自分の財産をすべて僕名義にしたんです。僕はむしろ反対でした。だって困ったことになりますよ、僕が事業で失敗したら。でも彼女の意志は強く、押し通されました。さて、六週間ほど前のことです。彼女が僕のところへ来て、『ジャック、』と言うのです。『いつかあなたの名義にしたとき、言ったでしょう。必要なときはいつでもそう言ってくれって。』『ああ、そもそも君のものだからね。』 と私が答えると、彼女はこう言うんです。『じゃあ……一〇〇ポンド欲しいんだけど。』 僕はちょっとためらいました。単に新しい服とか、そんなものが欲しいのかと思ってたんです。で、僕は訊ねました。



(8)『何に使うの?』 すると彼女は『まあ』と言って、冗談っぽく言うのです。『あなたは私の銀行さんなんでしょ。銀行の人は、質問なんてしないのよ。ねっ。』『本当に要るなら、もちろんあげるよ。』と僕は言いました。『そうよ、本当に要るの。』『でも、僕には何に使うのか教えてくれないの?』『いつか、きっとね。でも今はだ~め、ジャック。』 こんなわけで僕は納得するしかなく、まさに初めて、ついにふたりのあいだに秘密が入り込んだその時だったのです。僕は小切手を渡したきり、そんなことはすっかり忘れていました。のちに起こったことと無関係かもしれませんが、言っておいた方がよいと思ったので。 ええと、さきほど僕は、うちからそう遠くないところに小屋があると言いましたね。二軒のあいだにはちょうど野原があるんですが、向こうへ行こうと思うと大きな道に沿ってから脇道に入らないといけません。そこを過ぎたあたりは赤松の小さないい感じの森になっています。僕は好きで、よくそこを散歩します。木々がいつもそばにあると、いいものでしょう? その小屋ですが、この八ヶ月はずっと空き家だったんですが、もったいない物件で、小綺麗な二階建てで、古風な玄関で、周囲には忍冬スイカズラが絡みついていました。僕は何回となく立ち止まっては、これでちょっと気の利いた菜園用の小屋が作れると考えました。すると今週の月曜、夕暮れ時、僕が例によってうろついておりますと、その脇道から何も積んでいない幌付きの荷馬車がやってくるのに出くわしました。そして玄関脇の芝生に、絨毯とかが置いてありました。どうやら誰かがその小屋に越してきたらしいんです。いったん通り過ぎましたが、立ち止まり、よく暇人がやるように、小屋を眺め回しつつ、どんな人が僕らのご近所に来て住むんだろうと想像してみました。




(9)と、そのときふと見たものに、僕ははっとしました。誰かの顔が、上の階の窓から僕をのぞいているんです。その顔がどうこうというわけではないんです、ホームズさん、ただ背筋がぞっとしてしまって、距離も少しあって、特徴も分からなかったのですが、その顔はどこか不自然で、人間でないような、そんな気がして、僕は急いで近寄って、もっと近くで、僕をのぞいている奴を見てやろうと思ったんです。でも走り出すと急に顔は引っ込んで、まるで不意に部屋の闇の中へ引っ張られたみたいでした。この一件について何度も思い返しながら、その印象について詳しく考えようとしました。男の顔だったか女の顔だったのかは分かりません。遠すぎました。でもその色だけははっきり覚えています。血の気のない、死人のような土色。どこかぎこちなく、こわばっていて、気持ち悪いほどに不自然なんです。不安のあまり、僕はその小屋の新しい住人をちょっと見てやろうと心に決めました。近づいて戸を叩きますと、すぐ入口は開いて、のっぽでがりがり、いかつくて怖い面の女が出てきました。「何かご用?」女の言葉は北部訛りでした。「近所に住んでいる者です。向かいの。」と僕はあごを使って家を示しました。「お引っ越しを見掛けたものですから、何かお手伝いできることがあればと思いまして……」「いえ、お願いしたいときはこちらから参ります。」そう言って、目の前で戸をぴりゃりと。ぞんざいな断り方に腹が立ちましたが、そのままうちに帰ってきました。一晩中、何か他のことを考えようとしても、僕の心は窓際のお化けと、失礼なあの女のことに至るのです。お化けのことは妻に何も言わないでおこうと思いました。



(10)些細なことでも気にする性質たちですから。何も自分の受けた不愉快な気持ちをわざわざ彼女に与えなくてもと。でも話したんですよ、寝る前に。例の小屋がふさがったと。妻は返事しませんでした。 私は普段から安眠する方で、夜中は何があっても起きないというのがうちでのお決まりの冗談でした。ところが、その晩に限ってどうしたわけか、昼間の件で少々気が立っていたからか分かりませんが、普段のようにぐっすりと寝付けなかったんです。うとうとしていると、ぼんやりと何かが部屋に入ってきたような気がしました。そしてだんだんと分かってきたのは、服を着て、外套を引っかけ、帽子をかぶっている妻の姿です。口からむにゃむにゃと、驚きやら小言やらが寝言みたいな形で出てしまったのですが、その瞬間、ふと目をうっすら開けて蝋燭の光に照られている彼女の顔を見て、僕はびっくりして息を呑みました。あんな顔の彼女は、今まで見たことがありません――とても彼女とは思えません。真っ青で息を切らし、寝台の方をこっそり窺いながら、外套を押さえて、僕が物音で起きてしまったのかを確かめました。やがてぐっすり寝込んでいるものと思い込んで、そっと部屋から滑り出していってしまいました。そのあとすぐ、何かカチャリという音を耳にしたのですが、どうも正面玄関の蝶番(ちょうつがい)のようで。僕は寝台のふちに座って、木枠をなぐってみて夢じゃないかどうか確かめました。それから枕元の時計を手に取りました。明け方の三時です。いったい妻はこんな明け方の三時に田舎道へ出かけてどうするのでしょう? 座ったまま二十分間ほど、あれやこれやと考えてみて、それらしいわけを探してみました。考えるほど頭がこんがらがってしまいます。



(11)そうして頭を悩ませているうちに、また戸がゆっくりと静かに閉じられる音がして、階段を上がってくる妻の足音が。『どこへ行っていたんだい、エフィ?』彼女が入ってきたとき訊ねました。 妻はひどくびっくりして、何かひゃっという叫び声を上げました。その叫びよう、驚きようで、僕の心はざわざわと騒ぎ始めるのです。何か曰くありげでした。妻はいつも何でもしゃべる開けっ放しの性格で、それだけにぞくぞくっとするんです。あの彼女が、こっそり自分の部屋へ入ろうとして、旦那に声をかけられると声をあげて怯えるだなんて。『起きてたの、ジャック?』と苦笑いして、『夜中は起きないんじゃなかったの。』『どこに行ってたの?』と、僕は少し険しい声で訊ねてみました。『驚かせちゃったみたいね。』と言う彼女を見ると、手の指はぶるぶる震えて、外套の釦ボタンを外すこともできません。『えっとね、あたしもこんなことしたの初めて。実は、そう、何か息苦しくなっちゃって、絶対外の空気吸わなくちゃ、って思ったの。ほんっとに、外に出ないともう死んじゃう、って感じだったんだから。玄関のところでぼけっと立って、でももう大丈夫。』 そんな話でしたか、そのあいだ、ただの一度も僕の方を見ようとせず、声も普段の調子とはまったく違いました。はっきり分かりました。彼女は嘘をついている。僕は何も返事をせずに、壁の方に顔を向けて。心が裂けそうで、中にはもう毒々しい不信感、猜疑心が何千何百といっぱいで。いったい何を、妻は僕に隠しているのか。妙な外出のあいだ、どこにいたのか。はっきりするまでとても落ち着けません。でももう一度訊く勇気もありません。嘘であれ、一度説明を聞いた後でしたので。それからは朝になるまで、僕は悶々とのたうち回り、ああでもないこうでもない、どれも解答らしいものにはたどり着けません。



(12) 翌日は中心区シティに行くことになってましたが、心が千々に乱れ、仕事のことなんてもう手に付きません。また妻も落ち着きがないみたいで、わかるんです、こちらを窺うような目つきを、ちら、ちらっと。僕が昨日の言い訳を信じてないということがばれているようで。そして手を打たねばと考えているようで。――僕たちは朝食のあいだ一言も口をきかず、済むとすぐ、ひとり散歩に出かけました。朝の澄んだ空気のなかで、昨夜のことを考え直そうと。 水晶宮のあたりまで歩いていって、一時間ほど構内で時間をつぶし、ノーベリに帰ってきたのは一時でした。たまたま例の小屋の前を通ったので、しばらく立ち止まって、窓を見上げました。昨日、僕をじっと見ていた顔お化けをもう一度見られるかも、と思ったんです。立っていると、まさにびっくり、ホームズさん、ふいに戸が開いて、妻が出てきたんです。 驚きのあまり、言葉を失いました。でも僕の驚きなんてたいしたことは。目のあったときの、妻の顔ほどでは。妻はとっさに引っ込もうとする素振りを見せましたが、逃げも隠れも出来ないと観念して、こっちへ来ました。顔は真っ青で、目は怯えて、でもちぐはぐに、口元は微笑んでるんです。『そう、ジャック、今度いらっしゃったお隣さんへ、何かお手伝いできませんかって、ちょっとうかがってたとこなの。あたしの顔に何かついてる、ジャック? 何怒ってるの?』『そうか、昨日の夜はここだったんだな。』『何のこと?』と声がうわずります。『ここに来てた。絶対にそうだ。誰なんだ、一時間も会ってた奴らは?』『ここに来たのは初めてだけど。』『嘘と分かってて、どうしてそういうことを言うんだ?』と声を張り上げました。

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プロフィール

米澤章夫

Author:米澤章夫

小説文解読パズル」考案者

沢山の方々のご訪問ありがとうございます。
このブログの本文は、小説文解読パズル(Seesaaブログ)
の出題元となっています。段落内の漢字が出題されますので、よくお読みください。

ところで、どんなトレーニング、学習にせよ「面白い」と感じている時は集中力は増します。集中力が増せば効果も増します。本ブログはこの理屈に基づいた漢字暗記法を公開しております。ブログには小説文中の任意の漢字または漢字と送り仮名の音が数字化されており、小説文を読みながら、それらの数列を数字に分割し、分割した数字を漢字の「読み」「綴り」に戻していくうちに、それらの記憶を強化できるというものです。分割するたびに、いろんな漢字が脳裏によみがえり、答え合わせをすることで「綴り」を確認することができます。前後の句と比較することで、その「使い方」を確認することもできます。以上のことから、「記憶の呼び戻しは、数列解読過程にある」と言っても過言ではありません。あなたも「数列にどんな言葉が隠されているのか」推理してみませんか。そして、漢字の記憶を呼び戻してみませんか。

鳥取市在住。ブロとも大歓迎です。

バズル作り、ゲーム作りが第一の趣味

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「パズルで脳トレ講座」オンライン講師
講座のパズルは、私が考えたもので、お絵かきロジック、スケルトン、ナンプレ、面分割パズル、ペントミノ、迷路パズル、経路パズル、ループ、推理パズル、虫食い算、最適化パズルなど、既存のパズルの周辺を考えたものから、まったく新しい発想、形式のものまで41種類もあります。本講座は「飽きずに楽しく遊べる場を提供し、論理的思考力向上のお手伝いをさせていただく」というコンセプトで作られています。ぜひ、皆様にもおす
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